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コラム
焚き火哲学*05
『哲学とは⑤アテナイの学堂』

独り火に向かい、その暖かさと燻煙、薪の爆ぜる音を五官で感じる時、人は煩瑣な日常から解放される。炎を見つめながら物思い、物憂う中、人は誰もが哲学者となる。本連載は、そんな孤独な炎を共有し、誌上で語り合わんとする試みである。

― Sgt.キャンプ

まじめ過ぎたかも……

読者の方に哲学の面白さをわかりやすくお伝えしつつ、大胆に自説を展開しようと企んできたのですが、思ったより正統的な導入で始まってしまった感もあります。本当はもっと、哲学界に殴り込みをかけるようなつもりでいたのです。

ここまでの3章でご紹介したのは、「タウマゼイン(プラトン)」「形而上学(アリストテレス)」「コギト論(デカルト)」「カント(アンチノミー)」── あまりにもオーソドックス。実に正統的。誰がどう見ても納得の大御所、哲学界の四天王とその概念を礎にしました。復習のために、ざっとまとめますと次のような説明になります。

僕らを取り囲むこの世界は、実は生まれてこのかた脳の中で認識してきたものだけで全てが構成されている。つまり普通は僕らの体の外にあると思っている世界は、脳の中(形而上)にしか存在しないのだ。すなわち、この世界が存在せずに僕らの意識(コギト)がそう錯覚しているだけだとしても、僕らはそれに気付かないということになる。もしかすると世界は存在しないのかもしれない(アンチノミー)。いや、世界など存在しないのだ! びっくり(タウマゼイン)!!

バカみたいですね。こんな風にまとめてみると。またあちらこちらから批判をくらいそうです。「哲学とは ≒ 形而上学であり、僕らは物自体を認識することは出来ず、確かなのはコギトのみだとタウマゼインすること」──そう言い切ってみせても、世の哲学者の中には「反形而上学」の立場を取る人もいたりするのです。

でも、いつまでもそんな反論にビクビクして、話が微に入り細に入り、まだるっこしく難解になってしまったら、世に数多ある「哲学の入門書」と同じです。そこをどうにか突き抜けるのが、本稿の執筆動機。細部での齟齬が生じたとしても恐れずに、哲学のエッセンスを大胆に抽出し、読者の皆さんに判りやすく提示することが目標です。

「哲学ってこんなもの」で「だいたいこんなことを論じている」と大雑把に理解していただければ良いんです。ということで、ようやく筆者の自説を開陳する準備が整いました。「哲学ってこんなもの」── まずは、絵で提示してみましょう。ご覧ください!




アテナイの学堂

この絵はルネッサンス期イタリアの天才、ラファエロが描いた「アテナイの学堂」の一部です。著作権がうるさそうなので、筆者が模写しました。全体はもっと大きな絵で、ネットで検索すればすぐにその全容を見ることができます。ギリシャの哲人たちが一堂に会した、ラファエロの最高傑作とされる大作です。

注目して頂きたいのは、中央に立つ2人の人物の手──2つの手に挟まれたその空間です。左のオレンジのおじいさんがプラトン。右のブルーの青年(?)がアリストテレス。それぞれが天と地に、その手を向けています。

この2人は一般的に「師弟関係」にあったと説明されます。実際、プラトンの言葉を文字にして書き残したのは、弟子のアリストテレスです。アリストテレスの筆があってこそ、現代の僕たちもプラトンの思想を知ることができるのです。しかし、両者の主張は真っ向から対立するものだったとも言われています。

事実、若きアリストテレスが仲間を引き連れて、夜中にプラトンの門戸を叩き、「俺たちと議論しろ!」と殴り込みに行ったという逸話も読んだことがあります(出典忘れました)。2人の年齢差(40歳ちょっと)を考えると、孫が仲間と連れ立って、お爺ちゃんを襲撃したようなもの。当時読んでて驚いた記憶があります。




二項対立の構造

天を指差しているプラトンは「イデア(外因説)」を、地に手のひらを伏せているアリストテレスは「4原因(内因説)」を、それぞれ主張しているのだと言われています。また新たな難解ワードが出てきましたが、詳細については追々説明いたします。ぶっちゃけで言うと、物事を上から見るか、下から見るかの違いです。

そして哲学界は、紀元前3〜400年前のこの時代から、21世紀の今日に至るまで、この両者の手の間を行ったり来たりしつつして、議論を重ねて来たのです。いや、哲学だけに限りません。人類の学問全体が、最新のコンピューターサイエンスや脳科学に至るまで、この2人の巨人の手の間を往復し続けていると言っても過言ではないのです。

つまり、第①回〜第③回で苦言を呈してきた哲学の分かりにくさ。「難解なワードが多くて全体像がつかみにくい」という問題は、この「上から見るか」「下から見るか」問題、そして各ワードがどちらに属するのか、その構図を理解することで、だいぶ見通しが開けるのです。ざっと、そのワードを並べてみますと──。

イデア論 ↔︎ 4原因説
スコラ哲学(暗黒時代) ↔︎ ルネサンス (文芸復興)
大陸性合理主義 ↔︎ イギリス経験論
構造主義 ↔︎ 実存主義

独断と偏見で哲学の歴史を並べるとこんな感じかなぁ──。そして、その他の学問も、その細かい要素、議論に分けて同様に並べることができます。

演繹法 ↔︎ 帰納法
ビューロクラシー ↔︎ アドホクラシー
メタ ↔︎ ベタ
唯心論 ↔︎ 唯物論
アトミズム ↔︎ ホーリズム
コミュニズム ↔︎ レッセフェール
クラス志向 ↔︎ オブジェクト志向
ノイマン型コンピューター ↔︎ ディープラーニング

いかがでしょう? お馴染みのワード、知っている概念もおありでしょうか? 初めてみる言葉ばかりだという人も多いかもしれません。ぜんぜんOKです。問題ありません。この長いコラム連載が続く間に、自然と習得できるようにお話を続けていくつもりです(長い連載にする予定です!)。

ただ最後に、ラファエロさんに少しだけ文句を──。天を指すプラトンの手と、地に伏せるアリストテレスの手を、もうちょっと間隔あけて書いて欲しかったな〜。じゃないと我々人類が、あまりにも狭い間を往来してきたように見えちゃうから!








Author
Sgt.キャンプ
キャンプ歴35年、市井の思想家。