長い長い道のりです!
こんにちは! 森風美です。新しい連載の2回目になります。初回は、はるか昔の6年前、私がソロキャンプを始めた頃のお話から始まりました。神奈川県厚木市の「Tiny Camp Village」に出会い……、オーナーの中村さんと出会い……。
ひょんなところから湧き出た「キャンプ場開拓」の話に私の妄想が炸裂したところまで、前回お話したと思います。自分のキャンプ場……すぐに両親に相談したのですが、そもそもこれが間違い(?)の始まりで……。
'18年7月某日 頓挫!
変なところで私に厳しく、変なところで私に甘い両親は、その話にあっけなく乗ってきました。車で現地まで視察に行き、賃料、初期費用、利益などを皮算用し、いくらか出資までしてくれると言い出しました。
私が忙しくてキャンプ場にいれない時は、母が代わりにお客さんの対応までしてくれるという話です。父はそこらにあったスケッチブックを一冊渡し、どんなキャンプ場にしたいか青写真を描けと言ってきました。
女の子なら共感いただけると思うんですけど、自分の理想のお部屋とか、お家の間取りとかを考えている時って、楽しい〜んですよね! それが好きなキャンプの空間プロデュースとなったらなおさらのこと! トイレはここにして、受付はこんな感じにして……。
それから数日……結論としては、このスケッチブックを描いている途中で解決不可能な問題に突き当たり、このお話は頓挫することになりました。ですので幸い、損失はスケッチブック代のみ。後に残ったのは「いつかキャンプ場をやりたい」という夢と、両親に与えてしまった悪い影響でした。
‘18年8月某日 なちゅガール始動と……
勝手に妄想ばかりが膨らんでいたキャンプ場の夢……それが頓挫してしまったことに落ち込む間も無く、すぐに私は3つの大きな企画で大忙しになりました。「①出版甲子園」と「②NHKのお仕事」と「③なちゅガール」です!
「①出版甲子園」はありがたくも準グランプリを頂き、昨年ようやく『はじめての”ぷち”キャンプ』という本になって実を結びました。「②NHKのお仕事」もさかなクンと竹山さんとバーベさんにご出演頂き無事終了。「③なちゅガール」はご覧の通りで……今にいたっています!
他にいただく取材や、撮影のお仕事も忙しくなってきて、ロケ地に指定されることの多い相模湖や道志の方に引っ越そうかなぁ……と考えているうちに、キャンプ場も私の中では先の話になっていました。しかし、気付かぬところでウチの両親も引越しの計画を進めていたのです!!
‘21年6月某日 見つかった?
それから3年近く経った6月のある日、両親から電話が入りました。「土地が見つかったから見に来て〜」とのこと。そうです。お察しの通り、両親の間ではキャンプ場計画が依然として続行中だったのです!
しかもご存知の方はご存知の通り、ウチは妹も含めて「大の付く海好き」ファミリー。「キャンパー」というよりは「潜ラー」で、シーズン中は私も、子どもの頃から毎週末のように海に連れ出されていたのでした。
ですから、両親が探していたのは中村さんがススメてくれたような「山合い」とか「里山」と呼ばれるような土地ではなく、海の近くの、できれば「海が見える土地」。母は特にそういう物件広告を見るのが大好きで、昔からよく眺めていました。
そして実に3年もかけて、趣味のスノーケリング(豆チョウ採り)のついでに、土地探しも続けてきたらしいのです。三浦半島の先端から伊豆半島の先端まで。中にはかなり真剣に考えた場所もあったようですが、2人とも慎重派なものでなかなか……。
‘21年6月某日 現地視察
そんな両親が「ぜひ見にきて欲しい!」と言うので、電話をもらってから数日後、私もその土地を見に行くことになりました。平日だったので父は仕事。私の車で母と2人で現地に向かいました。
まだその場所を発表できる段階ではないので、周りの様子が分かる写真はお見せできません。周囲にご迷惑がかかるといけないので、探さないでくださいね。来月には両親が住むようになりますので、発表できると思います。
またその足で役場の観光や移住担当の方とお話をしたり、世話役(?)という方を紹介して頂いたりもしてきました(ありがたいことに私を知ってらっしゃる方もいました)。キャンプ場開設、最初に許可関係を確認するのは大切だと思います。
今回はここまで
ふう……あまりヒントを出さずに、でも最低限のことはお伝えするように書くのって難しいですね。でも、さすがに長い間(といっても3年)探した土地だけあって、けっこう、なかなかに、まあまあ、とっても素敵なところですよ!
でも、この時点でまだ日付は21年の6月……2年前の今ごろですね。ここからも長い長い道のりが続くのですが、その様子はまた次回、サクサクっと時間を飛ばしながらご紹介してまいります!!