独り火に向かい、その暖かさと燻煙、薪の爆ぜる音を五官で感じる時、人は煩瑣な日常から解放される。炎を見つめながら物思い、物憂う中、人は誰もが哲学者となる。本連載は、そんな孤独な炎を共有し、誌上で語り合わんとする試みである。
ミーム(Meme)
利己的な遺伝子──セルフィッシュジーン(Selfish Gene)。僕たち生き物の体はすべて「遺伝子がその子孫(コピー)を残すためにつくられた都合の良い乗り物(Genetic Vehicle)である」というリチャード・ドーキンスの考え方を前回はご紹介しました。
ドーキンスはイギリスの進化生物学者、動物行動学者ですので、「哲学」からはちょっと脱線したようなお話になりましたが、今回は哲学、正規の「焚き火哲学」にちょっとだけ軌道修正します。
彼は「セルフィッシュジーン」という概念だけではなく「ミーム(Meme)」という概念も編み出しました。同じ『利己的な遺伝子』という書物の中で使われたのが、「世界初」となります。「遺伝子」に対して「情報子」という訳語がつけられることもある概念です。
語源はギリシャ語の「mim(模倣)」に遺伝子の「gene」を掛け合わせたもの。RPGゲームのモンスターに登場する「ミミック」なども同じ語源ですね。何かに擬態(模倣)するモンスターです。
ネットミーム
でもこの言葉、今の日本では「ネットミーム」や「インターネットミーム」という言葉で使われることの方が多いようですね。
流行りのネットミームにはまったく詳しくないんですが、「蛙化現象」とか「なぁぜなぁぜ」というような言葉、「宇宙猫」や「猫ミーム」のような画像や動画──単なる「流行語」とか「バズり動画」のような意味で使われている事が多いようです。
ちなみにこの連載は「焚き火哲学」ですから、キャンプや焚き火に関するミームって何だろう──って調べてみると、何だと思いますか? No.1は「ここをキャンプ地とする」になるそうです。なるほど。
ちょっと調べただけで深掘りした訳ではないですし、根拠のある統計もなさそうですが、「水曜どうでしょう」の昔から続く名言ですらね。今でもSNSで投稿されるのを目にします。
ジーンとミーム
しかし、ドーキンスが定義した本来の「ミーム(Meme)」は、単なる「流行語」とは若干意味が異なるようです。
彼が注目したのは「遺伝子(Gene)」との共通性です。遺伝子、つまりDNAは①「複製」(RNAに転写されコピーを作る)、②「伝達」(親から子へその特徴が伝わる)、③「変異」(時おりコピーミスを起こす)──という3つの特性を有しており、それが「進化」の原動力となります。僕たちの体は、その遺伝子を次の世代へと運ぶ、単なる乗り物だとみなされます。
情報子、ミームにも同様に3つの特性が見出されるとされます。①ある人の脳内にある情報が文字や映像にコピーされます。②その情報がメディアやネットを通じて人々に伝わります。③そして時おりコピーミス、つまり誤った情報に変化したりもします。それにより、例えば宗教なんかも様々な分派に別れ、元の教義とは異なる教えに変化したりします。遺伝子同様に盛衰もあり、それが「進化」へとつながるのです。
「ネットミーム」という言葉には、あまり「進化する」というニュアンスは含まれていませんが、それは元の「ミーム」という言葉自体が「変異」したからでしょうね。自己言及的で面白いです。
ミームの増殖
さて、このようにジーンとミームには共通点が多いとされる一方、もちろん異なる特性も見出されます。その最たるものは「進化」と「増殖」の速さと規模になるでしょう。
遺伝子は、親から子どもへ伝達されるのに長期の時間を要します。人間なら親の世代から子の世代に受け継がれるまでに2〜30年はかかりますね。最近は晩婚化が進んでいますから、3〜40年となるかもしれません。ハツカネズミなら20日ってところですが。
ミームは、人の脳から脳へと情報が伝わるだけのことですから、喋り言葉で伝えれば一瞬です。文字や絵にしても、昔は手紙などで数日かかったものが、今はネットがありますからやはり一瞬。しかも世界規模、地球の裏側にまで伝わります。
そしてコピーされるその数。遺伝子の場合、人間が一生をかけて作ることができるコピー(子ども)は数人だけ。魚なんかは何万個もの卵を産みますが、成魚まで育つのはほんの数匹。やはり増殖の数には限りがあります。
しかしミームとなると、テレビでもネットでも、一つのコンテンツを数百万もの人が視聴できるようになります。ある人の考えが、数千万の人に共有されることもあります。爆発的な増殖を見せます。
ミームには遺伝子とは比べ物にならないパワーが秘められているのです。
ミーム学(Memetics)
ミームは大脳を発達させ、言葉を操るようになった人間だけでなく、他の生き物にも見い出されるとされます。ある習慣を群れの中で広げていくサル。特定の鳴き声を伝えていくトリ。元々は動物行動学──動物の行動を観察するうちに編み出された概念でした。
それが1976年の書物で発表されて以来、心理学、メディア論、宗教学、哲学──さまざまな学問分野を取り込み、「ミーム学(Memetics)」と名付けられる一つの学問体系へと進化しました。先ほど「自己言及的」だと指摘した通り、このミームという言葉自体が、ドーキンスの脳内から多くの人に増殖し、進化を遂げたのです。
そして僕自身の考え方にも大きな影響を及ぼし、僕の脳内で進化を遂げています。勝手に──。次回、その僕なりのミームの解釈を語っていく予定です。よろしくお願いします。